2016/12/06

 

よくいろんな人に「師匠みたいな存在の人、いたりしますか?」って尋ねたりしてました。

聞いてみると、いたりいなかったり。そんなに多くないんだなあと意外に感じました。

 

というのは、自分にとってはその人がいなかったら確実に今がないわけで、

僕は比較的早く演劇を離れてしまって、指導を受けたのは実質2年(2010-2012)ではありましたが、この2年間は濃密な2年間でして、windowsのようにインストールとアップデートをひたすら行う2年間でした。アップデート中はブルースクリーンになるところも似ています(=演劇とバイト以外ほぼ寝てたという意味)。

 

こどもの城近くのベンチで夜に相談することになって、劇団をやめる理由をつらつら話した記憶がありまして、「他のオーディション落ちまくったので向いてない」とか「地震を引きずってるので出来ない」とか「神聖かまってちゃんみたいになりたいんです」とか話して、もちろん全部本心だったんだけれど、でも一番やめたい理由はやはり言えなくて、それは「演劇をこれからずっと続けてもあなたに敵わない」というもので、これはさすがに怒られそうで言えませんでした。

 

その後まわりまわってなぜか映像を作る日々になりまして、そして映像を始めてから今3年経ちまして、この謎にボーナスステージみたいな青春の日々はいつまで続くのかなと子供みたいなこと思いながら、結局自分は映像やってるふりしてずっと演劇をやってるんだろうなと思ったり、この誰かに向けての私信みたいな毎日だってきっと演劇なんだろうし、山崎まさよし的に言えば「僕の声届いてますか」的な私信がモチベーションの3年間だったわけです。

 

そういえば、3年前にDPZで森日記(2013.5-12月)というささやかな連載をしていたことがありまして、最近ブログも十分楽しんだしそろそろ終わろうかな~と思っていたのですが、もし今月やめたらやってた月期間も3年前のDPZと丸かぶり・・せ、成長してないのか・・?

 

ここで中島みゆきの「時代」がフェード気味に流れてきまして、画面がブラックアウトしまして、エンドロールがゆっくりゆっくり下から流れてきまして、4時間くらいあるユリイカ的な長い映画が終わろうとしている、そんな感じで残り2016年を過ごす予感であります。