2016/5/17

鳥取の最後の夜です。

 

鳥取、寒い。信じられないことに、いま暖房つけてます。

いま僕はハナレの別室にいるのですが、遠くのほうから、

「しょうたーー!風呂だ!冷めるぞ!いま最高に気持ちいいぞ!早く入れー」って、4回目のスムーズ (だいたい3分に1回)で、父の声が聞こえてきてます。僕32歳ですよ。

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昨夜、地震が東京であったと知って直後、規模がわからなかったので超久しぶりにtwitterを開き、身近な人の安否というか状況的なものを知ろうとしたら、「南海トラフ地震が今日起きる」っていう情報が出回っててびっくりしました。311のときにもあったなと思って、思わず辛くなってしまい。ぼくもタイミング悪かったとは思いますが、そろそろtwitter再開しようかなと思っていたときだったので、もうちょっと始めるのあとにしようかな、、と思ってしまいました。

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鳥取へ来る前、マンガ家の凸ノさんと飲みまして、そこで、世の中のクリエイター(←言っておいてなんですが、このワード非常に苦手だったりします・・)と言われるような方々は、どこか「あれ?この人おかしいぞ..」という人だらけだよね、と。まあ職業からして、これはもはや…優しいヤクザだよね..そうだねぼくたち…優しいヤクザかもね...働かないとね...と泣きながら話してました。東京にいるとそういう人だらけというか、そういう人しかいないので、ホッとしてますが。だから「ちゃんと」した方と会うと、緊張してしまいます。「ちゃんとした人」はフェイスブックに沢山おられて、そして色んな方々の幸せがドバーっと流れてきます。タイムラインを見て「あ、僕はこの世界にいない..」って辛くなる感じ、「耳をすませば現象」です。

 

 

※「耳をすませば現象」とは!・・・いけてない&もてない男子学生が「耳をすませば」を見ると、絶望してしまう現象。80年生まれ近辺に多い。

 

 

ジブリ映画「耳をすませば」が「あんな眩しい青春時代は俺にはなかった」という理由で絶望しやすいとよく言いますね。しかし、もっと深い部分があると思ってます。それは、「このアニメには俺がいない」ということです。「輝かしい青春時代を映す物語の中に、自分を反映するキャラがいない!」と。いつも休憩時間、友達がいなくて教室の隅でひたすら寝たふりをしてたような自分がいない!

この幸せで溢れるフェイスブックは、耳をすませばに似ている...!と、まあ飲み屋話ではありますが....

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昨日、100歳の母方のおじいさんに会いに行った話です。

会うのは数年ぶりでした。元気そうですが、歩くのも足をひきずって大変そうで、耳も遠くなっていました。質問はたくさん投げかけてくるので、「翔太、どこにすんでるんだ?」って聞いてくれるけど、僕が「東京!いまは中目黒だよ!」と言っても、耳が遠いので、言葉が届いてません。「元気か?」「何してるんだ?」「で、どこに住んでるんだ?」と質問は沢山くるのですが、それに対する僕の返答に対し、おじいちゃんは笑顔でしか返してきません。沈黙の時間も多くなり、そろそろ僕(と両親)が帰るってなったとき、「見送る。外までいく」と言いました。玄関まではかなり段差があって、近くにいる母が「転んだら寝たきりになっちゃうからきをつけて」みたいなこと言ってるので、僕も心配になります。途中、支えてる僕と母の手を振り払って「大丈夫」と言って、無事外に出ました。

父の運転する帰りの車が横付けされて、僕は乗りこみました。ドア近くで立つおじいさんに、聞こえないかなとは思いつつ、ウインドウ越しに「じゃあまた」と言いました。すると「うん、またきてね」と返事が来たので、あ、聞こえたんだ、とちょっとホッとして帰途につきました。

このクラスに僕はいない!